ブレイクタイム: 2008年11月アーカイブ

 

「通訳」と「異文化コミュニケーション」は同じ意味に捉えられることが多いです。どちらの言葉も何気なく使われていますが、実際に行うことは容易ではありません。それをアートの世界で実践している日本人を紹介したいと思います。


 村上隆(むらかみ たかし)さんと言えば、今ではその名を知る人は多いと思います。

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同氏は、東京芸術大学 美術学部 日本画科卒、29歳でアーティストデビューし、39歳の時に米国の展覧会で海外進出を果たし、2005年ニューヨークで開いた「リトルボーイ展」で米国のメディアに絶賛されました。アニメやマンガをモチーフにした絵画やフィギュアを発表し続けるアーティストとして、欧米で高く評価されています。「オタク文化」と呼ばれる日本のサブカルチャーを世界に認めさせた現代アートの革命児と言えます。現在は、ニューヨークにもオフィスを構え、日本にある工房では24時間体制で制作にあたるなど積極的に活動しています。(現在46歳)

2005年「リトルボーイ展」の"リトルボーイ " とは、米国が日本に落とした原爆の名称です。村上隆さんはこの展覧会で、敗戦を経て戦争を放棄し平和国家となった日本において、その歩みのなかからアニメやマンガといった独自の文化が生まれたという考えを示して見せました。当時の米国メディアは、『大胆不敵で日本の文化や歴史への理解が深まる素晴らしい機会になるだろう』とこぞって評価しました。

39歳の時の展覧会では、葛飾北斎の浮世絵と自身が好きだった「銀河鉄道999」の絵を並べ、アニメやマンガの構図や表現方法は浮世絵から連なる日本の伝統美であると説明したのです。


この村上隆さんの作品には、人間の普遍的なコミュニケーションが根底のテーマとしてあります。興味深いのは、同氏があの有名な画家ピカソと同じ手法により自らが通訳として日本のアートを世界に送り込んだという点です。ピカソの絵は、アフリカのアートを採り入れた西洋画家の風体(ふうてい)をしてプレゼンテーションされたものである、と同氏は捉えています。同様に、日本のアートをアフリカの土着的な芸術のように考えて、それを油絵風味で通訳することである種の化学変化を起こすというのが村上隆流のコンセプトだと語っています。


「通訳する」と一口に言っても、実にさまざまなかたちがあることに気付かされます。アーティストにとってはそれが独自の文化や感性を世界に発信していく作業そのものとも言えます。ループ・インタープリターズ(以下、ループ)の『インタープリターズ』には、通訳者という一意的な意味だけでなく、もっと広い意味での「解釈者」として世の中から必要とされる存在になるという願いも込められています。クライアントからいただく一つ一つの通訳・翻訳の仕事に対し、言葉という道具を用いたサービスを提供することで期待に応え続けていく、それがループの姿です。村上隆さんの話しぶりには随所に巧みな言葉使いが感じられますが、それはアーティストとして自分の感性を世界に発信していくためのツールとして、コミュニケーション能力を重視しているからだと思います。


村上隆さんは、今アニメーションの制作にも取り掛かっており、そのことについて「これまでにやってきたことがないコンテクストなので難しいが、映画という文法を借りて自分のメッセージを伝えたい」と語っています。メッセージには当然言葉が必要になりますが、そこにどんな言葉を置くかは感性が大きく影響します。ループの事業である通訳・翻訳に当てはめれば、訳語の選定ということになりますが、そこにはアートの要素も関係していると思います。言葉の持つ意味を文化的背景とともに的確にとらえ、それを別の言語で表現していくプロセスには、機械では消化しきれない思考能力が必要となります。 


同氏は、今「寿命」をテーマにそれを子供にどうやって伝えるのかについても思いを巡らせているようです。「遺伝子を引き受けてなぜ生きていくのか?という意味を、宗教や医学の世界のエッセンスを全部盛り込んで伝えてみたら子供はどうやって育つのか、をアニメーションを通してやってみたい」と現代アートの分野で新たな表現方法を模索しています。世界に胸を張って自分の芸術を認めてもらうことは素晴らしいことであると語る一方、日本は世界一の芸術大国になる可能性を持っているが豊か過ぎてそのことに気が付いていないと考えるその冷静さにアーティストとしての能力の高さを感じます。

 

 

 

30年にわたり通訳の検定試験などを実施してきた「日本通訳協会」が資金繰り悪化を理由に東京・新宿にある事務所を閉鎖していたことが判明しました。


  通訳検定_バナー.gif

 

明日予定されていた検定試験も直前に中止されることになったようです。


同協会は「今般の経済不況のなかで必要な金融支援も受けられず、やむなく閉鎖せざるを得ない」と説明しています。(日本通訳協会閉鎖のお知らせはこちら


私が経営するループ・インタープリターズ(以下、ループ)には直接関係はありませんが、通訳業界に身を置く一人として、少し複雑な気持ちになりました。ループの通訳事業では、第一線で活躍する優秀なプロの通訳者を起用するのですが、プロの通訳者はこの通訳検定ではなく、通訳養成の専門スクールを卒業している人が多数を占めます。通訳検定を受験するのは、どちらかと言えば通訳を生業にしていない人がほとんどでしょうが、通訳がどんなものなのかを知ってもらうという意味でもとても有効な制度だと思います。


専門性の高い講演などの通訳を請け負う際に注意を要するのは、クライアントがどの程度通訳を理解しているか、あるいは通訳を使い慣れているかということです。通訳についてほとんど理解されていないクライアントを相手にする場合、ある程度の時間をかけて通訳の仕事そのものについて理解を促すことが欠かせません。通訳という存在に不慣れなお客様によくあるパターンとして、通訳は機械的にいとも簡単に言葉を発していくと思っていることです。そんなことは決してなく、事前の入念な準備(講演者などから入手する資料など、時には膨大な量になることも)はもちろんのこと、本番での凄まじい程の集中力や培ってきた思考回路を駆使して最高のパフォーマンスを発揮しているのが通訳です。


たとえ他の言語を流暢に話すことができても、通訳ができるかと言えば、それは別の話です。ある程度高いレベルの言語力があって、それにプラスして通訳に必要な記憶保持能力や高速かつ正確に機能する思考回路などが通訳には求められるのです。そうした能力は一朝一夕には得られるものではなく訓練が必要となりますが、一方で一般にはこうした事実はなかなか知られていません。そういった意味で、今回中止となった通訳検定は、通訳がどんなものなのかをより広く知ってもらうには良い手段であったと思われます。


通訳の代表的な活躍の場として国際会議がありますが、ここ近年日本国内における開催数が年々減少傾向にあります。一方で、シンガポールなど他のアジアの国における開催が増加しています。そんな現状を背景に、この度の日本通訳協会の閉鎖が通訳業界にどんな影響を及ぼすかはわかりませんが、これでより一層「知る人ぞ知る」世界になってしまうことを私は危惧します。

 

 

 

「翻訳」といってもこの翻訳の世界は様々なジャンルに分かれており、翻訳会社だからといってすべての翻訳を扱うわけではありません。弊社のように、企業や研究機関を対象に契約書や特許、研究論文、技術文書を専門にするところもあれば、専門書や小説などの書籍翻訳、映画の字幕翻訳、音楽の歌詞翻訳など様々です。


企業や研究機関を対象にしていますと著作権そのものは依頼元の企業や研究機関にありますので、依頼された内容にいちいち翻訳者や弊社のような会社名がでることはありません。しかし、書籍や映画の字幕、そして歌詞翻訳では必ず翻訳者の名前が著者名とともに連名されます。これは、著作権の対象となり、翻訳者は二次的著作物(著作権法2条1項11号)の著作者となり著作権を有します。


少し専門的な話になりますが、現在の法律では、原則著作者生存期間と死後50年間は、原著作者の許諾がなければ翻訳することはできません。例えば、原作者がある本を出してから50年以上たっているものをある人が翻訳したとします。翻訳されたその本の著作権=経済的権利は翻訳者にのみあるということになります。なぜなら、原著作者は、二次的著作物の著作者と同一の権利を専有する(同28条)と規定されていますが、この経済的権利は、保護期間が存続する間しか主張できないからです。但し、原作者は、経済的権利は失うものの、人格権は原作者の死後も保護されます(同60条)。ですから、経済的権利がないからといって、原作を自由に変更したりすれば故意又は過失により人格権を侵害する行為になると考えられ、遺族(孫までの姻族)は、差し止め請求とともに名誉回復措置を請求することもできるのです(同116条)。また、海外の書籍を扱う場合、第二次世界大戦の連合国は、10年以上の戦時加算があり、米、英、仏などの国民の著作者は保護期間の計算方法が異なるようなのできちんと調査した上で翻訳をする必要があるようです。


さて、この経済的権利である著作料ですが、売れれば売れるほど儲かることはいうまでもありません。翻訳の世界もピンキリですが、近年最も有名な翻訳者といえば、松岡佑子さん。


ハリー・ポッターシリーズを翻訳した方です。彼女の印税は数十億と聞いたことがあります。全く羨ましい限りですが、現代だからこそ成し得たことのような気がします。個人的には彼女は単なる翻訳者というより企業家としてのセンスや先見の明があったのではないかと思います。そんな彼女もスイスでの豪邸住まいを優雅に楽しんでいるのかと思いきや、ご主人を亡くされたり、ハリー・ポッターの「不死鳥の騎士団」を翻訳している最中に父親を亡くされたりといろいろと苦労されているようです。しかし、それらの経験が翻訳にも生かされているとご本人のコメントを読んだことがあります。


最近、翻訳について興味のある記事を読みました。2008年11月1日の日本経済新聞に掲載された「源氏物語千年紀」についてです。「源氏物語千年紀」というタイトルだけでもロマンを感じます。源氏物語が誕生して1000年を迎え各地で様々な行事が行われているほか、世界の源氏研究者が様々な成果を発表しています。先日、文化勲章を受章したコロンビア大学のドナルド・キーン教授もその一人です。記事によると、源氏は英国、フランス、ロシア、韓国、スウェーデンなど二十以上の国や地域の言語に翻訳されており、現在もモンゴル語、ウクライナ語、エスペラント語が進行中とのこと。

 

2008年11月1日の日経新聞記事

日経記事(源氏物語)_081101.jpg

 

源氏物語ともなると、原文を読み解くにもかなり専門的な知識がいるので、古典語を現代語に翻訳する「現代語訳」という作業が必要になります。現代語になった源氏物語でも、更に外国語に翻訳するとなれば、歴史、美術史も含めかなり広範囲の研究をしなければ、美しいこの日本独自の物語を外国語に翻訳するのは難しいことが容易に想像することができます。しかし、一方で難しいからこそやりがいがあり、日本独自の言語とそれにマッチした言語表現を生み出す喜びもあるに違いありません。様々な研究者によって翻訳されているので、もちろんその翻訳者が二次的著作物として権利を持つのでしょうが、これだけの大作は国家レベルのプロジェクトとして支えていくことも必要でしょう。


少し話はそれますが、源氏物語はこれだけ有名なのにもかかわらず、本格的なドラマや映画が少ない印象があります。また、美しい源氏を演じるため、映画やドラマの多くが女優に源氏役をさせています。紫式部役の吉永小百合と源氏役の天海祐希の「源氏物語・千年の恋」という映画がありましたが、ここでも源氏役が女優でした。美しい源氏というイメージから女性を起用したくなる気持ちもわかりますが、個人的にはやはり源氏は日本男児に演じてほしいと思ってしまいます。物語の中心は男女の愛憎劇なので、 NHKの大河ドラマなどでは扱いにくいかもしれませんが、これだけ世界で愛される古典文学であり、また多くの国で翻訳されているのなら、本格的な長編ドラマを作って世界に日本の文化をより強くアピールするべきだと感じます。これからは日本が何かと注目される時代が再びやってくる予感がするのは私だけでしょうか。。。

 

 

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