小説にみるチェスの芸術性

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今年に入ってからチェスを題材にした小説2冊が刊行されました。

先ずは1冊目の紹介。これは先月下旬に出たばかりです。

 
モーフィー時計の午前零時_1.jpgのサムネール画像    モーフィー時計の午前零時★

 Midnight by the Morphy Watch and other stories

著者:ジーン・ウルフ、フリッツ・ライバー他
編者:若島正

発行:国書刊行会

 

「モーフィー時計の午前零時」は、海外のチェス短編小説を集めたもの(チェス小説アンソロジー)で、日本語訳で本書に収められている計11篇どれもが傑作と言われる作品のようです。細かな説明はAmazonサイトなどで見ることができるので、ここでは別の視点から紹介したいと思います。


 


本書に付いている帯にはこんなことが書かれています。(↓)

  モーフィー時計の午前零時_2.jpg



チェスについて、そのゲーム感覚だけでなく芸術性にも魅せられた私にとっては、購買意欲をググッとそそるような文言となっています。

将棋の羽生名人がチェスも指すことは知る人ぞ知る事実で、以前本ブログの記事でも紹介したことがあります。

ここにもう一人、小川洋子さんという女性作家のコメントもありますが、実は次に紹介するもう一冊の本の著者です。この「モーフィー時計の午前零時」の冒頭では、6ページにわたって小川洋子さんによる『チェスという名の芸術』という前文が載せられています。皮肉なことにご本人はチェスを指せないようですが、チェスが織りなす世界観に魅せられた一人であることは間違いありません。その前文の一部を断片的ですが紹介します。


(以下、前文『チェスという名の芸術』から抜粋)

《知らない世界を知るのは楽しかった。チェスが将棋とは逆に、激しくスタートして静かに終わるゲームであること、必ずしも最強の手が最善の手とは限らないこと、昔"トルコ人"と呼ばれる自動チェス人形が存在し、火事で燃えたこと、有限であるはずの盤と駒が永遠を隠し持っていること、棋譜が美を表現できるものであること等など、・・・教わった。》


《チェス盤が美を映し出すのであれば必ず小説になると、私は確信した。ルールを覚えるより早く、どんどん小説のイメージは膨らんでいった。》


《チェスの秘密が文学を通して語られる時、そこには予想もしない世界が現れ出る。人間が考え、人間がこしらえたゲームであるはずのチェスに、人間を超えた宇宙が出現することを、本書の小説たちは指し示してくれる。チェスとはそういうゲームなのだ。》


《チェスを題材にした小説を読む時、いつも私が心を揺さぶられるのは、主人公が生まれて初めてチェスと出会い、駒を動かす場面である。・・・チェスと少年、これは黄金の組合せだ。高すぎるテーブルに向かって、背伸びするように手を伸ばす姿、ポーンよりもか細い指、床に届かずぶらぶらする足、一点を見つめる澄んだ瞳。こうした少年の持つ未熟さと、チェス盤の永遠が呼応する時、私はたまらない気持ちになる。》


《チェスの最も恐ろしい側面は、盤に人間のすべて、宇宙のすべてが映し出される、という点にあると思われる。私は取材の折々で、盤上では何も隠しきれない、という意味合いの言葉を耳にした。「必殺の新戦法」によれば、駒の織りなすパターンには、"人間が考えうる範囲内のものと範囲外のもの"があるらしい。更にこの"範囲外"が打ち破られた時、"宇宙の秩序についておよそ言語を絶するような事実"が浮かび上がってくるというのだ。》


《やはり、チェスは凄いゲームだ。チェスという名の芸術だ。》

 
《「美しいなあ!」 この一言が、・・・すべてを物語っている。もしチェスの本質をつかみ取るとしたら、この一言以外にはあり得ないだろうということを、私に教えてくれる。》

 

いかがでしょうか。いかにも文学者らしい表現ですが、チェスをこよなく愛する私としては小林洋子さんの想いがよくわかる気がします。


本書の装丁も結構凝ったものになっていて、カバーの表紙側を広げてみると以下のようになっています。この画像ではよくわかりませんが、タイトル部はゴールド色でデザインされています。

 

モーフィー時計の午前零時_3.jpg 


さてもう一冊ですが、先述の小川洋子さん自身の作品です。これは1月の刊行です。 

 

猫を抱いて象と泳ぐ.jpg猫を抱いて像と泳ぐ★

著者:小川洋子

発行:文藝春秋

 

本書は、2/15付日経新聞の日曜書籍紹介コーナーでも取りあげられ、Amazonなどのカスタマーレビューでは大分好評のようです。これは一本の長編小説です。


主人公は、リトル・アリョーヒン(少年)という伝説のチェスプレーヤー。彼は、アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・アリョーヒン(1892-1946)というロシアに実在した伝説的チェスプレーヤーになぞらえてそう呼ばれています。

【アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・アリョーヒンは、多くの美しい棋譜を残し、「盤上の詩人」と称えられています】


・・・と、内容についてはこの程度にして、あとは是非本書の特設サイトを見てみてください。このサイトには、ストーリーのあらすじはもちろんのこと、『チェスの世界』というコーナーもあり、そこではアレクサンドル・アリョーヒンの実際の対戦中を写した写真、あるいは"盤上の詩人"が残した棋譜など、チェスファンにはたまらない資料が埋もれています。結構感動ものです。


ここではチェス好きならではの視点からということで、以下を紹介します。


本書の冒頭に登場するチェス盤と駒のイラストに付随している各駒の説明を紹介します。チェスに魅せられた著者がそれぞれの駒の役割を文学的な表現でまとめています。


キング
決して追い詰められてはならない長老。

クイーン
縦、横、斜め、どこへでも。最強の自由の象徴。

ビショップ
斜め移動の孤独な賢者。祖先に象を戴く。 

ナイト
敵味方を「く」の字に飛び越えてゆくペガサス。

ルーク
縦横に突進する戦車。

ポーン
決して後退しない、小さな勇者。


これらチェスの駒がこの『猫を抱いて像と泳ぐ』のストーリーのなかでどのような役割を果たし、どのように表現されているのか、何とも楽しみです。

 

以上が2冊の紹介ですが、どちらも私は購入済みです。未読ですが、今からわくわくしています。

 

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話は変わりますが、「モーフィー時計の午前零時」の編者である若島正さんと上記の小林洋子さんの対談『チェスと文学』が「文学界」2009年2月号に掲載されています。その内容の一部をインターネットで閲覧することができます。(文藝春秋 文学界のページ ← このページの上部にある"立ち読み"というコーナーに両氏の対談があります)
 

文学界 2009年2月号.jpg
この対談記事のサブタイトルには、「チェスと文学の共通項は何か?二人の才能が、チェスと言葉の持つ深遠な世界を語り合う」と表現されていることから、きっと読み応えのある内容であると期待しています。私はもちろんすべて読みたいので、図書館に貸出の予約を入れておきました。(この対談だけのために買うのはバカらしく思え・・)


これまで読書といえばビジネス系に偏りがちだった私ですが、チェスとの出会いをきっかけにすっかり芸術性にも目覚めてしまいました。

この記事では、【チェスと文学(=言語)】がテーマにもなっているわけですが、私は通訳・翻訳事業という、言葉を商売道具にする会社の経営者として、チェスと言語や文化をもっとつなげて考えられないか・・ ということに思いを馳せることしばしばです。

 

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このページは、Ted Matsuuraが2009年3月 3日 14:23に書いたブログ記事です。

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